財部剣人の館『マーメイド クロニクルズ』「第二部」朝日出版社より刊行中!

(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

マーメイド クロニクルズ 第二部(第5章−4 アイ・ディド・ナッシング)

財部剣人


第5章−4 アイ・ディド・ナッシング


「いったい何のこと?」
「君に、来年度のディベート奨学金が支給されることになったんだよ!」
「本当ですか!」
 アメリカのディベート名門大学では、フットボールやバスケットボールのように、同じく大学の威信がかかっている。対抗試合で優秀な成績をおさめるような学生には、授業料免除の奨学金が授与されることがあるし、有望な高校生にはリクルートがかかり、しばしば大学同士の取り合いになることさえあった。ゴードン自身も、1年時から奨学金をもらっており、同時に学年でトップクラスの成績を取る秀才であった。
「君は、ナンシーに感謝しなくちゃいけないよ」
「どういうことですか?」
「まだ聞いてなかったのか。今年の奨学生選考会議で、彼女が君を熱烈に推薦してくれたらしい。ハワイから出てきて一人でがんばってる君の努力に報いないって法はないだろう、とかなり強力な論陣を張ったみたいだ」
 そうか。ナオミは思った。金銭的に生活には困っているわけではないが、けっして余裕があるわけでないことをナンシーはわかっていたのか。
 ナオミには、ぐっとこみあげてくるものがあった。


 次の日の朝。
 ナオミは、マウスピークス教授のオフィスのあるコミュニケーション学部のビルまで、飛び跳ねるように向かった。朝8時半過ぎには3階のオフィスに来て、むずかしい顔をしてパソコンをのぞいる彼女にお礼を言うためであった。
 エレベーターに乗るのももどかしく、階段を駆け上がってドアをノックした。「マウスピークス先生、ありがとうございます!」
「ナンシーと呼んで。初めてハワイで会った時、階段を駆け上がっちゃあぶないって言わなかったかしら。でも、ありがとうって、いったいなんのこと?」
「ゴードンから聞きました。あなたのおかげで、来年度のディベート奨学金がもらえることになったって」
 ナオミは、その後のナンシーのセリフを聞いた時の感動を人生の中で何度も、何度も思い起こすことになった。
「私は何もしてないわ。もしも何かした人がいたとしたら、あなた自身よ」
 一瞬、ナオミは涙が出そうになった。だが、祖母トーミから、マーメイドは簡単に泣くもんじゃないと言われたことを思い出して、がまんした。
「せっかく来たんだから、コーヒーでも飲んでいきなさい。それくらいの時間はあるでしょう? ここ2年間のあなたのパフォーマンスはすばらしかったわ。コミュニケーション学部の教員たちも、本当に感心してるわ。あなたをリクルートした私としては、鼻高々ってところね」
「私なんて・・・・・・すばらしいパートナーのケイティとりっぱな先生とアシスタントコーチたちに恵まれたおかげです」
「あなたならどんなディベート名門校に行ったとしても頭角を現したと思う。でも、ケイティやLUCGの仲間たち(St. Lawrence University Campus Guardiansの略で、聖ローレンス大学キャンパス警備隊の意味。第一部第6章参照)との出会いは、あなたにとって意味があったわね」
「はい、そう思います」
「あなたはディベートに関しては、予想以上にうまくやってる。このまま順調にバランス感覚を養っていって欲しい。でも正直、あなたは伸びすぎている」
「伸びすぎ・・・・・・ですか?」



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マーメイド クロニクルズ 第二部(第5章ー3 トーミ)

財部剣人


第5章−3 トーミ


 夢が始まったのは、カンザスの早い夏が始まった6月下旬だった。
「ナオミや、元気かい? よろこぶがよい。そろそろわしも、プルートゥ様の元へ行く日が近づいたようじゃ」
「それって、おばあさまが亡くなるってことでしょ! よろこんだりなんて、できないわ。ずっと生きていて欲しかったのに」
「おやおや、亡くなるなんて、人間の使うような言葉を使うじゃないよ。魂は不滅じゃ。わしにも、生まれ変わりの時期が来たのじゃ」
「生まれ変わり?」
「そうじゃ。しばらくは霊界で過ごして転生するのじゃ。わしは、神々のように果てしない時を生きたいとは思わないし、これまでの数千年の時は十分すぎるほど長かったわい」
「おばあさまに、もう連絡は取れなくなるの?」
「まず、人間界で守護霊として過ごして、またいつかどこかで生まれ変わる」
「そうしたら、おばあさまに会えるの?」
「さあ、プルートゥ様の閻魔帳でものぞき見れば行き先はわかるかも知れんが、どこにゆくかわかってしまっては興ざめというものじゃわい」


 いつも、そこで夢は覚めるのであった。
 湾岸戦争以来、ケネスからは、学費と生活費の分の小切手が海軍から送られてきたが、たまに電話が来るだけでずっと会っていなかった。
 ケネス以外「家族」と言える存在を持たないナオミは、ケイティにさそわれてハワイに1週間帰っただけで、例によって7月は高校生向けディベート・セミナーの講師を務めて過ごした。
 2年前は、お子ちゃま相手に3週間も過ごすなんて地獄だと思っていたが、ナオミも大分段取りが分かってきたのかトラブルにもスムーズに対応できるようになった。なにより高校生たちが「この人がカンザスの竜巻娘のひとりか」とあこがれのまなざしで見ており、何でも言うことを素直に聞くようになったのが大きかった。


 1993年8月、ナオミは、ディベート部の先輩ゴードン・ガーフィンケルと、部室の前でばったり出会った。ゴードンは、カリフォルニア州出身で高校生時代には2人チーム制の政策論争ディベートではなく、資料を使わずに1対1でスピーチスキルを中心に勝負するリンカーン・ダグラス式ディベートでならしていた。聖ローレンス大学に進学してからは政策論争ディベートにも対応して、昨年ナオミたちと同様に全米ディベート選手権ベスト8まで進んだ優秀なディベーターだった。
 9月からの新シーズンには、4年生としてディベート部キャプテンを務めることになっているゴードンの牛乳瓶の底のようなめがねの奥の目がニコニコしていた。「やあ、ナオミ、おめでとう!」
 前年度全米ディベート選手権ベスト8のことなら昔すぎるし、ナオミにはおめでとうと言われる心当たりがなかった。


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マーメイド クロニクルズ 第二部(第5章−2 全米ディベート選手権)

財部剣人


第5章ー2 全米ディベート選手権


 マクミラが極右組織の連中に接触して以来、加わっている人間のレベルの低さに辟易しているのとは対照的に、ナオミはリベラルで知性的、しかもつきあっていて気持ちのよい人々に囲まれていた。全米トップクラスの大学で上位の成績を取るディベーターたちには、学部卒業後、法科大学院やコミュニケーション学部大学院への進学を目指すものも多かった。彼らの中には、卒業後に政治家や大学教授、裁判官や検事になるものも多い。たとえば、1976年に3年生で全米ディベート選手権を制したカンザス大学のロバート・ローランドは、ノースウエスタン大学で修士、母校で博士号を取得後、カンザス大学コミュニケーション学部教授になり学部長を務めた。また、パートナーのフランク・クロスは、ハーバード大学法科大学院を最優秀の成績で卒業し、名門テキサス大学法科大学院及び経営学大学院兼任教授になっていた。
 全米ディベート選手権優勝を毎年のように争う顔ぶれは、ほぼ決まっていた。全米中から秀才の集まるハーバード大学(1993年時点で優勝6回)、卒業生の寄付による潤沢な予算を持つダートマス・カレッジ(同6回)、社会科学系の名門ジョージタウン大学(同2回)、コミュニケーション研究の名門ノースウエスタン大学(同6回)、全米一のディベート部監督ドン・パーソン博士を擁したカンザス大学(同4回)、南部の強豪ベイラー大学(同3回)などが、決勝戦の常連であった。ナオミのコーチのナンシー・マウスピークスも、パーソンの弟子で、大統領選TVディベートの研究でコミュニケーション学の博士号をカンザス大学から取得していた。
 この年、ナオミたちは「アメリカは耐用年数の過ぎた宇宙衛星を回収せずに放置しており、地上に落ちてきた宇宙衛星が害を引き起こす可能性があるため、自動的に安全な場所に落ちるような対策を取るべきだ」というケースを論じて、旋風を巻き起こした。モデル並の抜群の容姿のケイティと、キリッとした顔立ちのナオミが、早口で議論を展開すると相手チームの顔色が変わり、シーズン途中からは「カンザスの竜巻娘たち」と綽名されるようになった。
 残念ながら、準々決勝でダートマス・カレッジの4年生チームと対戦した時、「宇宙廃棄物は『米国内』という定義に合わないために、ケースは論題適合性がない」という議論を出されて4対1で負けてしまった。彼らは、「米国内」とは「米国の領土内」の意味であり、たとえ宇宙空間の廃棄物に問題があったとしても「今回の論題が定義する範囲の外である」と論じた。論題適合性とは、もしも肯定側によって提示された「論題定義外のケース」が認められるのならば、否定側はすべてのケースに準備しなければならなくなり公平性が確保されなくなるという、これを落とせば肯定側が自動的に星を落とす論点である。
 全米ディベート選手権に優勝するチームは、熟練した4年生たちが最も多いが、アメリカでは高校4年間ディベートを経験している学生が多いこともあり、3年生が優勝することもめずらしくはない。しかし、2年生は、優勝どころか決勝戦まで進むことがまれであり、ナオミとケイティが聖ローレンス大学を代表して、ベスト8まで進出したのは大健闘と言えた。
 だが、ナオミを悩ませていたのはディベートの結果でなく、繰り返し夢枕に現れる祖母トーミの姿だった。


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