第5章−4 アイ・ディド・ナッシング
「いったい何のこと?」
「君に、来年度のディベート奨学金が支給されることになったんだよ!」
「本当ですか!」
アメリカのディベート名門大学では、フットボールやバスケットボールのように、同じく大学の威信がかかっている。対抗試合で優秀な成績をおさめるような学生には、授業料免除の奨学金が授与されることがあるし、有望な高校生にはリクルートがかかり、しばしば大学同士の取り合いになることさえあった。ゴードン自身も、1年時から奨学金をもらっており、同時に学年でトップクラスの成績を取る秀才であった。
「君は、ナンシーに感謝しなくちゃいけないよ」
「どういうことですか?」
「まだ聞いてなかったのか。今年の奨学生選考会議で、彼女が君を熱烈に推薦してくれたらしい。ハワイから出てきて一人でがんばってる君の努力に報いないって法はないだろう、とかなり強力な論陣を張ったみたいだ」
そうか。ナオミは思った。金銭的に生活には困っているわけではないが、けっして余裕があるわけでないことをナンシーはわかっていたのか。
ナオミには、ぐっとこみあげてくるものがあった。
次の日の朝。
ナオミは、マウスピークス教授のオフィスのあるコミュニケーション学部のビルまで、飛び跳ねるように向かった。朝8時半過ぎには3階のオフィスに来て、むずかしい顔をしてパソコンをのぞいる彼女にお礼を言うためであった。
エレベーターに乗るのももどかしく、階段を駆け上がってドアをノックした。「マウスピークス先生、ありがとうございます!」
「ナンシーと呼んで。初めてハワイで会った時、階段を駆け上がっちゃあぶないって言わなかったかしら。でも、ありがとうって、いったいなんのこと?」
「ゴードンから聞きました。あなたのおかげで、来年度のディベート奨学金がもらえることになったって」
ナオミは、その後のナンシーのセリフを聞いた時の感動を人生の中で何度も、何度も思い起こすことになった。
「私は何もしてないわ。もしも何かした人がいたとしたら、あなた自身よ」
一瞬、ナオミは涙が出そうになった。だが、祖母トーミから、マーメイドは簡単に泣くもんじゃないと言われたことを思い出して、がまんした。
「せっかく来たんだから、コーヒーでも飲んでいきなさい。それくらいの時間はあるでしょう? ここ2年間のあなたのパフォーマンスはすばらしかったわ。コミュニケーション学部の教員たちも、本当に感心してるわ。あなたをリクルートした私としては、鼻高々ってところね」
「私なんて・・・・・・すばらしいパートナーのケイティとりっぱな先生とアシスタントコーチたちに恵まれたおかげです」
「あなたならどんなディベート名門校に行ったとしても頭角を現したと思う。でも、ケイティやLUCGの仲間たち(St. Lawrence University Campus Guardiansの略で、聖ローレンス大学キャンパス警備隊の意味。第一部第6章参照)との出会いは、あなたにとって意味があったわね」
「はい、そう思います」
「あなたはディベートに関しては、予想以上にうまくやってる。このまま順調にバランス感覚を養っていって欲しい。でも正直、あなたは伸びすぎている」
「伸びすぎ・・・・・・ですか?」